知らぬは旦那ばかりなり・・・


新聞取材

先日、地元紙の新聞記者の方が、我が家に取材に来られました。

事の発端は、以前の記事に書きましたが、福井市内で行われた不登校の親の会『やよい会』の参加したことです。

その時偶然、地元紙の方が取材に訪れていたようで、私がその会でお話したことに興味を持たれたらしく、取材をお申し込まれました。

当初は、新聞の取材と聞き、単純に喜んでいましたが、その話を家族にしたところ、私以外はあまり乗り気ではなかった。

写真をはじめマスコミに取り上げられることを快く思わなかったようでした。

そのため、取材には私一人で応じることとなりました。

取材当日

記者の方が我が家に訪れたのは、午前10時ごろ。

取材はリビングで行われました。

妻と長女次女は2回の娘の部屋へ。

長男は、すでに実家の敦賀。

次男は、自分の部屋で熟睡中。

結局、私と記者の二人だけの取材となりました。

私にとっても初体験。

楽しみな半面、緊張もありました。

記者の方に

『いつごろから不登校になったのか?』

『不登校になった原因は?』

など、不登校初期のことをまず聞かれました。

自分の記憶をたどりながら、不登校初期の我が子のことを思い出そうとするのですが、どうも自分自身のそのころの子供たちとの記憶が希薄なことに気づきました。

不確かなことを記者の方にも言えず、たまらず妻に助けを求めました。

結局取材は私と妻の二人で受けることとなりました。

夫婦二人の取材で・・・

妻と私が並んで記者の質問に答える形となり、正直、ホッとした感がありました。

妻自身、記者が訪れるまで取材には否定的な様子だったのですが、記者の方の質問にいろいろ答えてくれました。

特に不登校初期のころの話は、ほとんど妻のほうが話してくれました。

私はもっぱら、このブログの事や、自分の思いなどを話していたように思います。

私の記憶の不確かな部分はすべて妻がフォローに入ってくれました。

正直助かりました。

取材で気づいた大切な事

そんなこんなで、取材は進み、記者の方が帰られたのは正午近く。

夫婦二人で、過去の事や自分たちの思いをひたすら話していました。

一通り話を終え、気が付いたことがありました。

長男、次男、長女の三人が不登校になりだしたのは、ほぼ10年前。

私には、その当時の子供たちの様子、学校とのかかわり方、等々、あまり記憶がないということ。

なぜか?

それは、当時の私は、仕事にかこつけて、子供たちのことを妻に任せっきりだったから・・・

結局当時の自分は子供たちの不登校から、逃げていたんだと思う。

学校への連絡や、放課後当行の送り迎えなど、取材に答えていた妻の話を聞き、

『そんなことがあったんだ!』

と、私自身も驚くことが多々ありました。

今回取材を受けて分かったこと。

不登校初期、子供たちの支えになっていたのは、間違いなく妻だったのだということ。

そのことを感じ、改めて、そのころの妻や子供たちに申し訳ないことをしていたんだと感じました。

子供たちのつらい思いを目の当たりにしている妻に対して、いらだっていた自分がいました。

学校に行かない子供たちに腹を立てていた自分がいました。

それなのに、学校には低姿勢な対応で接している自分がいました。

きっと当時の妻は辛かったんだろう。

子供の思いが一番わかる立場で、学校や私から、子供たちの笑顔を守るために必死で頑張っていたんだと思う。

本当に申し訳ないことをしたと、改めて反省させられました。

そして、『母はつよし』そう感じずにはいられません。

今回の取材が、どんな記事になるのかまだわかりません。

でも、この取材を受けて本当によかったと思います。

私自身が、子供たちのことを第一に考えるようになれたのも・・・

今現在、子供たちが笑顔でいられるのも・・・

そしてこのブログを書き続けていかれるのも・・・

すべて当時の妻が子供たちを守ってくれたおかげなんだと・・・

そのことに気が付けた事が、何よりの収穫でした。

P.S

取材に対して熱弁を振るった妻ですが、
最後まで写真はNGでした(;^_^A

 

最後までお読みいただきありがとうございました<(_ _)>


よろしければ、クリックをお願いします。
にほんブログ村 子育てブログ 不登校・ひきこもり育児へ
にほんブログ村
ブロトピ:今日の育児日記
ブロトピ:ブクマお願いいたしますm(__)m








知らぬは旦那ばかりなり・・・」への2件のフィードバック

  1. 今ほど福井新聞で記事を読み、ブログを読ませていただきました。一部ですが。私はお子さんたちに学校に行きたくない気持ちがあっても不思議ではないと思っている一人です。私は子供が二人ですが特に下の息子は「学校に行きたくない」とよく言う子供でした。小6では学級崩壊もあり、悩みも大きかったです。が、学校に行きたくないだけなら勉強は必要だからと休んだ日も学校へ行くリズムで起きて勉強させてました。毎日、学校に行かなくても勉強にはついていけてました。学校には話し合いとか授業参観に何度も行きましたが……先生も変な人はいて、これでは子供が行きたがらないのもわかるなぁと感じました。子供たちも、家で暖かく育った子の方が生きにくいのではと思うこともしばしば。勉強だって、学校のみんなと同じペースで進むより家の方が無駄なく早く進められますよね。息子は学校の宿題も嫌いでした。特に漢字を何回も書くのは無駄だと言って。学校の先生には堂々と反発して、いい感じに休み休み行ってました。家にいると私が学校より厳しいし、友達に会えないので。お宅はご兄弟が多いので家も居心地いいのかなと思います。私は子供が本当の不登校になったら家でホームスクーラーになればいいと思ってました。中学に県外から福井県の教育を学びに一年福井に来られていた先生も「福井の学校の指導が威圧的で子供は大人しく言うことを聞くが、早く地元に帰って指導したい」と言われていました。その先生がうちの子は伸び伸びしていいと全校生徒の前の最後の挨拶で例を挙げて話されたそうです。高校入試の時は「そんなに学校が嫌いなら高校に行かないでくれ」と言ったのに行くと言うので「学校の先生に親が呼び出されるようなことをしない、行きたくないと言わない」ことを条件に行かせたのですが……宿題は嫌いで好きな先生の授業は生き生きとして、そうでないとよく寝ていたそうです。だから、定期考査は散々でしたが(進研ゼミをずっと家でやる習慣があるので)模試はまあまあの結果でした。要らぬことを長々と書いてしまいましたが、学校に行かなくても勉強が普通に出来ていれば恐れることはないかなと私は思います。ただ、中卒、高校中退の子を仕事で接してみると自動車免許をとるのに苦労したり、大人の話が理解しにくかったり難しいなと感じることも多いので…。お家で色々な分野のことを話してあげることや家で丁寧な言葉で話させる(親に敬語でものを頼むなど)ことは必要だと思っています。頑張ってください。

    1. ビーンさん>

      始めまして。
      このブログを書き始めてから数年経ちますが、これほどまでの長文のコメントをいただいたのは、初です。

      本当にありがとうございます。

      各家庭、様々ではありますが、不登校に悩んでおられる方は多いようです。
      昨日の福井新聞の記事から、ブログへのご訪問される方が急増し、これほど不登校に関心を持たれている方がおられるのだと、正直驚いております。

      このブログを書くキッカケは、長男が入学した高校で、PTA活動に参加した折、周りの保護者の方も、私と同じような境遇の方々と出会い、『悩んでいたのは自分だけではないのだ』と気づいたとき、心が軽くなりました。

      このブログの記事を読んで、何か答えがあるわけでは無いと思います。
      ただ、同じ悩みを持つ親御さんの心が少し軽くなっていただければ良いなって思います。

      不登校に限らず、親というのは子供に関する悩みはつきものなのかもしれません。
      そういった方々の目にもとまり、少し親御さんの心が軽くなれれば幸いです。

      すみません。
      上手く返信の言葉が見つかりませんが、ビーンさん、これからもよろしくお願いします。

      それでは失礼いたします。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です