久々の家庭訪問


<先生の訪問>

前回の記事を公開したその日、再び小学校から連絡がありました。

公開したその日の夕方に、連絡があったので、ひょっとしたらこのブログを読まれてのお電話だったのか、それともただの偶然か、真意のほどはわかりませんが・・・。

要件は、次女の学年だよりなどの連絡物を渡すため、家庭訪問したいとのこと。

私は仕事中だったため、妻が連絡を受け、妻から私に連絡がありました。

こちらも、断る理由もないので了承したのですが、当の次女は・・・

『先生には会いたくない』

とのこと、

ということで、玄関先で妻だけの対応となったそうです。

先生から、連絡物を受け取り、先生と妻が少し立ち話をして今回の家庭訪問は終わったそうです。

 

<不登校の子の心情って?>

私が仕事から帰宅後、先生から渡された連絡物の中に、クラスのみんなと先生からのお誕生日のメッセージカードがまとめられたものがありました。

妻の話では、家庭訪問の翌日、クラスでお誕生日会が行われるようで、(次女の誕生日は5月なのですが、数か月に一度、まとめて行うそうです)それに参加しないかとのお誘いもあったようですが、次女の返答はやっぱり『NO』でした。

私も、このメッセージカードに目を通させていただきました。

クラスの子たちからは、

『早く学校に来てね』

『一緒に遊びたいな』

『学校、楽しいよ』

などなど、

次女へのお誘いのメッセージがほとんどでした。

中には、

『どうして学校に来ないの?』

なんてストレートな言葉もありましたが、主に、登校を促す言葉が並んでいました。

そして、束になったそのカードの最後に、先生からのメッセージもありました。

先生からは、先月の図書室登校の一件での謝罪の言葉が書かれていました。

一通り読み終えて、なんとも言えない重苦しさが、自分の中にありました。

これを次女も読んだそうなのですが、

次女は、どんな風に受け止めたのでしょうか?
学校に行くことがつらくなり、行かなくなった。それが長期にわたっていくことによって、ますます行きづらくなってる状況。

行きづらいというか、行かないのが彼女の日常スタイルとなりつつあります。

学校に通わず、勉強は自宅でのんびりとではありますが、一応やっています。

学校の勉強にとらわれなければ、日々の生活の中で、彼女自身いろんなものを吸収しているものもあります。

私自身は、そんな形の成長の仕方というものもあっていいと思っている。

そんな父親だからこそ、次女も、今の状態を日常として、もしくは、自分に合った生き方として、過ごせているのだと思うのですが、

ただ、今回のように、『学校』というものとの、接点が持たれた時、次女自身どう感じるのでしょうか?

自分の普通と感じてる日常を、世間一般から『普通ではない』『普通に戻ったほうがいい』『みんなと同じ生き方をした方がいい』と、せっつかれてるように受け取ってしまうとすれば、それは次女にとってはつらいことなのかもって、思ってしまいます

もちろん、クラスのみんなも先生も、悪気があるわけではありません。

次女のことを思って善かれのことだと思います。

学校に来ることが次女にとって、プラスのなることがあると思ってのことだと思います。

だからこそ、辛くなる。

今の生き方を選択したことが、間違ってるといわれているようで・・・。

当の次女はそこまで深く考えているのかはわかりませんが、少なくとも私自身は、学校というものに、とらわれない生き方もあると思っている。
にも関わらず、こういった純粋なお誘いや声かけがあるたびに、自分の中で、むくむくと不安が頭を持ち上げてくるような気になります。

先生もクラスの子達も、きっといい子、いい先生なんだと思う。

もし学校というものが、塾や習い事のように、行っても行かなくても個人の自由というものであったなら、次女自身、クラスの子や先生と今とは違った接し方、フランクな付き合い方が出来るのかもしれない。

そんな気がしました。

そして、次女のみならず、私自身も・・・。

 

最後までお読み頂き、ありがとうございました。<(_ _)>

 


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