立志式を前に ~次男~


いよいよ2月がスタート!!

2月と言えば、わが家ではいろんなイベントが・・・。節分、バレンタインデー、長女の誕生日、そして何と言っても私の誕生日もあります(^_^;)

とまあ、冗談はこのくらいにして・・・。

現在、次男と長女が通ってる(というか、通うはずの)中学校では、2年生のこの2月に、立志式という式が執り行われます。

地域によっては、違う呼び方や全く行われないところもあるようですが、詳しい内容や由来は、こちらのサイトをご参考に↓

『立志式の意味と由来!誓いの言葉とは?親からの手紙の例文も!』

何はともあれ、福井県内の中学校では、おそらくすべての学校で行われていると思います。

私の中学校時代もありましたから、結構歴史ある式典ではあるようです。(ちなみに自分自身は、仮病でボイコットしました・・・)

以前、長男の立志式については、このブログでも書きましたが、今回は・・・。

次男です。

まだ式当日までは日数が少しありますが、この子も、長男同様、式に出る気は皆無のようです。

次男の性格上、たぶん式には出ないだろうと予想はしておりました。

ただ、この立志式に先駆けて、自分の志を作文にし、それを冊子にするのですが、これに載せる作文は先生から言われて書いていました。

次男の性格上、『この作文すら書かないかもなぁ』って思っていたので、ちゃんと書いたこと自体、正直驚いています。

自分なりに試行錯誤はあったと思います。清書も含めて書き上げるまで数日かかっていたようなので。

そして、その作文を担任の先生が我が家まで取りに来てくださり、これでひと段落。

・・・とは、なりませんでした!!

その作文を提出したその日の夕方、学校の先生から私の方に電話がありました。

内容は、次のようなものでした。

『〇〇君(次男)に、立志式の文集用の作文を提出してもらったのですが・・・この文章をこのまま文集にしてもよろしいですか?』

というお話でした。

一瞬、『なんでそんなことを聞くのだろう?』って不思議に思っていたのですが、

その後の話を聞いてみると、どうも次男の作文の冒頭に、

『自分が不登校であるということ』

『これからもおそらく学校に行かないということ』

が書かれているようで、この作文をこのまま文集に載せても良いかということでした。

う~ん。

詳しく聞いても意味がさっぱり分かりません。

次男が自分なりに考えて、自分の正直な現状と思いを書いたこの文章を、なぜほかの人が手を加える必要があるのでしょうか?

また、わが子が不登校であるということがを、他人様に知れることが、親として恥ずべきことなのでしょうか?(もしそうなら、このブログすらやってませんが・・・)

この話を聞いて、我が子の堂々とした生き方に、

『うらやましい』

『立派に成長している』

そして、『そんな息子を、親として誇りに思う。』

次男は、今の自分を自己否定するのではなく、肯定している。そして、その上で、前に進もうとしている。

以前の記事『次女の自己肯定感』でも書きましたが、

『自己肯定感』

これこそが自立の第一歩だと考えています。

そういった意味では、次男は自分なりにちょっとずつ成長しているのだなと、胸が熱くなる思いがありました。

というわけで、先生には次男の書いたものを、決して改ざんすることなく、文集に載せてくださいとお願いしました。

それから数日後・・・

電話では、一部の内容しか聞けなかった私は、どうしても次男の書いた『志』のすべてを読んでみたいと思うようになりました。

そこで、矢も楯もいられず、学校に電話。

『次男の書いた作文のすべてを読みたい』

『コピーで構わないので、いただけませんか?』

と電話で相談したところ、快くOKを頂きました

ただ、ちょっと勘違いされてたみたいで、

『今からでも訂正はできますから・・・』と一言。

『いや、だから改ざんはしませんよ。』と、思いつつ、そのコピーを受け取りに行きました。

学校に訪れ、対応してくださったのが次男の担任でした。

コピーを受け取る時にも、担任の先生から『まだ、訂正は可能ですから』と一言。

ご丁寧に、コピーの入った封筒にまで、同じような内容の付箋まで貼られていました。

結局のところ、この冊子に、不登校生徒がいるということが分かる内容の文章が載ることが、学校側にとって不都合なのでしょうね。

以前書いた記事の中にもありましたが、長男の卒業アルバムの件でもそうですが、学校としては、不登校の生徒がいるということを隠そうとしているのではと疑わずにはいられません。

さすがに、私も堪忍袋の緒が緩んでしまいました。(キレてないですよ!)

『親や学校が、自分の体裁や都合が悪いからと言って、子供がありのまま書いた自分の思いを改ざんしてもいいのですか?』

『そんなことをすれば、子どもは、親を、学校を、大人を、他人を、信じられない人間になってしまいます。』

『自分は、我が子をそんな人間に育てたくはありません。』

『これは(コピー)、誰よりも早く私が読みたかったから取りに伺ったまでです。』

『この作文は、一字一句変えることなく文集に載せてください。』

『こうやって自分の思いを、堂々と書ける我が子を誇りに思っています。』

そう言って学校を後にしました。

自宅に戻った後、次男の書いた文章を改めてじっくり読ませてもらいました。

普段滅多に漢字を書くことのない次男、にもかかわらず、乱筆ながらもしっかりと漢字も使い、中学生らしい文章でまとまったそれは、普段の次男からは想像も出来ず、親としてうれしく感じました。

コレがその作文です↓

 

 

写真ではわかりにくいかもしれませんが、内容は次の通り。

14歳になった次男の今の『志』

そんな、『志』と呼べるような、立派なものではありませんが、次男のありのままの今の思いを、ここに書き記しておきます。

『己を鍛える術』

霜田 〇〇

 僕は、学校には全くというほど行きませんが、コレはいくつか理由があります。

 さすがに全部は説明できませんが、とにかく、学校には当分行かないと思います。

 だから、これを機に学校に行かない代わりに目標というか、意気込みを書きたいと思います。

一、家でもダラダラしない

 たとえ、学校に行かなくとも、日中ダラダラするのではなく、何か、日課を作り、生活リズムを崩さないようにしようと思います。

一、何事にも負けない

 何事にも負けず、自分の意思ではっきり、「これだ」と決めたいです。

一、はずかしがらず、堂々とする。

 学校に行かない。それをはずかしがっていてはキリがありません。だから、それをはずかしがらず、堂々と過ごしたいと思います。

 これらのことを守りながら、家の中でもしっかり生活していきたいです。

以上、次男の決意の作文でした。

この文章を読んで、父親としてうれしいの一言に尽きます。

人は、時として自分の歩んできた道を、謝っていたのではと感じることは、多かれ少なかれあるものだと思います。

にもかかわらず、この文章からは自分の歩んできた道に、後悔はなく、なんとも堂々としています。

ちゃんと自分の意思で、自分の道を、歩んでいるのだと言うことが伝わってきました。

『自己肯定感』

次男の中には、間違いなくそれは存在している。そう感じました。

『立志式』

今まで、学校がお膳立てする、形だけの式。そんな風に思っていましたが、次男のこの作文を読み、ちょっと気持ちの変化を感じました。

普段、心の内を、なかなか言葉には表さない、そんな年頃の子供達。

でも、何も考えていない訳ではないということ。

そのことを知ることが出来た。

そういった意味では、この式典も悪くはないのかもしれませんね(^o^)

最後に、

 

次男へ

立派な意気込みを読ませてもらいました。

ありがとう。

これからも、自分が良いと思うことを自分で判断し、自分に恥じることなく、堂々と生きていってください。

その先に、自分自身の幸せな未来があると信じています。

『世の中の、人はなんとも言わば言え、我がなすべき事は、我のみぞ知る。』

そんな生き方の方が、幸せな生き方なのかもしれない・・・と思います。

父より

 

 

最後までお読み頂き、ありがとうございました。<(_ _)>

 

 

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